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大草直子さんの本 [日々の暮らし]

出会いというのは本当に偶然だと思います。
スタイリスト・大草直子さんのことを知ったのもそんな偶然でした。
たまたま久しぶりに実家へ帰ったときのこと。母が
地元図書館から借りていた雑誌をパラパラとめくっていた際、
大草さんのインタビューが出ていたのです。

ちなみに英語で「偶然」はchanceおよびcoincidenceと言います。
どれぐらいの差があるのか調べたところ、chanceは「偶然」でも
「機会、可能性、チャンス」というニュアンス。
一方、coincidenceは「偶然の一致」に力点が置かれているそうです。
わかるような、わからないような・・・。でも感覚としては、
coincidenceの方が「運命的」という印象を私は受けています
(違っていたらスミマセン)。

話を大草さんに戻しましょう。
 
大草さんはシングルマザーとしてお嬢さんを育てていたころ、
ベネズエラ人の今のご主人と巡り合ったそうです。
その雑誌のインタビューにはご家族の写真が掲載されていました。
大草さんはどのお写真を見てもはじけるような幸せな笑顔を
なさっています。同じ女性でありながら、本当に魅力的で
引き込まれるようなオーラがあります。

本当に素敵な方だなあと私にとってはまさに憧れのような雰囲気。
そこで早速図書館で本を借りてきました。
本のタイトルにもあるのですが、以下のフレーズがとても印象的でした:

「『美しい人』は『美しくなろうとする人』だし、
『元気な人』は、『元気になろうとする人』。そして
『幸せな人』は、『幸せになろうとする人』」(p9)

もう一つは「パートナー選び」について。こちらは
再婚に当たり、大草さん自身が「譲れない条件」を3つ考えたと
あります。大草さんの場合はパートナー選びについて述べていますが、
この「3つの条件」というのは日々の生き方においても
あてはめられると私は考えました。

と言いますのも、人間の欲求というのはあれこれ挙げ始めると
キリがありません。でも、本来生きていく上で自分の
価値観や人生観を形作るものというのは、実はシンプルなのではないか。
最低限譲れないことを3つ、自分なりに考え、そこが満たせれば
人は幸せになれるのではないか。

大草さんの文章からそう私は感じたのです。

この著作はおしゃれに関する内容で、すでに8年前の発行。
以来、大草さんはたくさん本を出されていますが、
この本はなかなか読みごたえがありました。
人生哲学を得られると思います。

(「『おしゃれな人』はおしゃれになろうとする人」
大草直子、幻冬舎、2012年発行)
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優先順位 [仕事]

通訳デビューした際、業界の掟として言われたのが
「最初に受けた仕事はキャンセルしないこと」
というものでした。たとえ後になって、より魅力的な
仕事がオファーされたとしても、ということです。

確かに通訳者とて人間ですし、ましてやフリーで仕事を
していれば、生活を営む必要があります。
家賃や光熱費、子どもの学費、食費などなど、
生きていく上でお金の問題は避けて通れません。
そうなると余計、「最初の仕事より、こっちの方が
ペイも良いし、魅力的よね・・・」と思ってしまうのも
うなずけます。

けれども仕事というのは信頼関係で成り立っています。
最初に来た仕事がたとえ条件面で劣っていたとしても、
受けたものは受けた業務として、誠意をもって取り組むべき
なのですよね。万が一、最初の仕事をキャンセルして
後から来た方を選んでしまった場合、その場では満足
できるかもしれませんが、いかんせん、狭い業界ですので、
そうした勤務態度はどこかで巡り巡って発覚してしまうでしょう。

考えてみれば、こういうことは仕事に限らず、
日常生活でも当てはまるのですよね。
実は私も先日体験しました。当初のお約束をした後に
別のお誘いがあったのです。そちらは何十年ぶりという
オンライン同窓会でした。とても惹かれたのですが、
最初のお約束を反故にしてしまうのも忍びないですし、
私自身楽しみにしていたことでもありました。
よって、同窓会はまた日を改めてできると考え、
当初の約束はそのまま大切にしておきました。

ちなみにマナー関連の本を読むと、結婚式と葬儀が重なった場合、
葬儀を優先すべしとあります。これは故人との
お別れは一度きりであるからだそうです。
「生きていればまた会える」というのであれば
後日会うことはできるのですものね。

https://syukatsulabo.jp/funeral/article/9251

指導している大学で私は書籍紹介の活動を学生たちに
してもらっているのですが、マナー関連の本を
丁寧に読んでくれる学生が増えており、心強く思います。
こうした知識を吸収して社会に出ることは
大切だと思います(何分、私はそれをせぬまま社会人になり、
大いに恥ずかしい思いをしましたので・・・!)。
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「人生最後に乗るクルマ」 [日々の暮らし]

自動車を購入して以来お世話になっているのがJAF。
日本自動車連盟です。実際にヘルプを要請したことは
幸いにしてないのですが、やはり加入しているだけでも
安心ですよね。

ちなみに幼少期に暮らしていたイギリスでは
AA(Automobile Association)とRAC(Royal Automobile Club)の
2つがありました。当時はAAの加入者が多かったと
記憶しています。AAのロゴマークは黄色地に黒文字で目立っていましたね。

一方、父が入っていたのはRAC。こちら青地に白文字の
王冠付き。おそらくRoyalの単語があるからなのでしょう。
幼心には冠の方がかっこよく見えましたね。

・・・が!!今、RACを検索したらロゴが完全に
近代バージョンに。何だかPCスクリーンを作っている会社のロゴのような
感じです。今のウェブサイトはこちら:

https://www.rac.co.uk/

JAFに話を戻しましょう。

JAFが毎月発行しているのが「JAF Mate」という会報です。
中でも私が楽しみにしているのが、松任谷正隆さんの
「車のある風景」というエッセイです。7月号のタイトルは
「人生最後に乗るクルマ」でした。

私にとって松任谷さんと言えばユーミンのご主人という印象が
限りなく強いのですが、文章を読んでみると非常にユーモアがあり、
楽しいお方だなと感じます。毎月クスリと笑わせられています。

今月のタイトルに綴られていたのは、松任谷さんが
病気になられてマネージャーさんの車で病院へ行ったというエピソード。
次の文章が印象的でした。

「僕の最期はこうやって誰かの運転するクルマに乗せられて
病院にたどり着き、それで終わりなんだろうな、なんて
ふと考える。最後に乗るクルマは自分のクルマではない。
なんだよ、それ・・・。好きでもないクルマに乗せられて
終わるのかよ。」

うーん、なかなか考えさせられます。確かにそうですよね。
自分に何かがあった場合、誰かが車に乗せて病院に
向かってくれる、あるいは救急車のお世話になる。いずれにしても
自分の愛車で行くわけではなさそうですものね。

人生100年時代と言われ続ける昨今。まだまだ私自身、
当面は元気でいけるはずという根拠のない自信があるのですが、
こればかりは運命・宿命もあることでしょう。

・・・ちなみに通訳者の場合、「人生最後に語るコトバは何だろう」が
さしずめあてはまるといったところでしょうか・・・。
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「魂を想いに乗せる」 [日々の暮らし]

映画監督の安藤桃子さんは日経新聞に週一回、
コラムを持っておられます。「くらしナビ」というページです。
安藤さんは父君が俳優の奥田瑛二氏、お母様はエッセイストの安藤和津さんです。
私にとっては奥田さんや安藤さんの方が馴染みがあるのですが、
今や二人のお嬢さんも監督や女優(安藤サクラさん)として
大活躍されています。

6月10日のエッセイは「表現の自由」というタイトルでした。

コロナが深刻になった3月下旬、奇しくも奥田さんはロケハンで
桃子さんのいる高知に来ていたこともあり、そのまま
帰京できず、しばらく一緒に暮らすことになったそうです。
ちなみに奥田さんは「50歳になったと同時に『飛ぶ!』と決め、
念願だった映画監督としてデビューを果たした」と
桃子さんは綴っています。それまで人気俳優だった奥田さんにとって
大きな一歩だったことでしょう。

その後、高知で寝食を共にするようになり、
二人は映画を撮影するようになったそうです。
そのことについて桃子さんはこう綴ります。

「映画の現場は何よりも互いの信頼関係と
チームワークである。」

「いかなる表現も、魂を想いに乗せるという起点あってこその
自由なのだ。」

この2文は私にとって印象的でした。

「信頼関係」「チームワーク」は通訳の世界も同じです。
複数の通訳者と最大限のアウトプットをめざして
同時通訳をするのであれば、この2つのキーワードはマストです。
一方、授業も同様だと私は考えます。講師と受講生の信頼関係が
あって初めて、お互いに良い授業を作り上げようという
チームワークにつながると思うのですね。
家族も同様のことでしょう。家族だからとて甘えてしまっては、
信頼もチームワークも崩れてしまいます。

「魂を想いに乗せる」ということ。私の場合、
通訳もそうだと考えます。話者の魂を私の発する訳語である
想いに乗せてアウトプットする。そんな感覚で通訳をしています。

そもそもコミュニケーション自体が
「魂を想いに乗せる」という行為なのでしょうね。

(2020年6月10日水曜日夕刊)
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「佐藤優の頂上対決」 [日々の暮らし]

佐藤優氏と杉山剛士(武蔵高等学校中学校校長)のインタビュー、
非常に興味深い内容です。

https://www.dailyshincho.jp/article/2020/06160555/?all=1
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正解は人それぞれ [日々の暮らし]

大学卒業後に入った会社を1年半で辞めて転職。
そこで3年勤めて留学費用を貯めた後にロンドンで学びました。
帰国後は研究者になろうと意気込んでいたものの、
海外で学問を修めたところで日本の学術界には
入れないことを痛感しました。まだ閉鎖的な時代でした。

「これから先どうしよう?」と思って通訳学校の恩師に
ご挨拶に行ったのがきっかけとなり、この世界に入りました。

新卒後の数年間、正社員という安定したお給料と生活を
体験していた私にとって、フリーで生きていくということは
大きな転換となりました。幸いそのころはまだ実家にいました。
けれども、いつまでもそこに安住するわけにはいきません。
いつかは自分で自立せねばならない。そのとき、自分は安定を選ぶのか、
不安定でも好きな仕事をしていくのかで迷いました。

そして「フリーランス通訳者」という「不安定な道」を選びました。

人生の岐路に立たされたとき、人はどちらを選ぶかで迷います。
一筋縄ではいかないからです。

私の場合、「安定」を選べば、大好きな通訳の仕事を
あきらめることになってしまう。
さりとて、「フリー」という働き方を選べば、
それまで自らが置かれていた安定を捨てることになる。

結局、私の最終判断を一押ししてくれたのは、
「人生は一度しかない」という考えでした。

「一度しかないからこそ、安全で無難な生き方をする」というのも正解。

「一度しかないからこそ、後悔しない生き方をする」というのも正解。

どちらも間違いではないのですよね。

最終的にどちらを選ぶかは、その人がそれまでの人生で
どのような経験をしてきたかにかかっていると思います。
私は若かりし頃、今から思えばしんどい出来事に
遭遇したこともあり、なおさら後者の考えを強く持っています。

でも、正解は人それぞれ。自分自身が納得することが、
最大の幸せにつながるのだと思います。
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何が正解? [日々の暮らし]

ここのところ、日経新聞に出てくる様々な方のインタビューや
記事の一文から勇気づけられています。もともと私は
活字が好きであるため、ライブのインタビューよりも
じっくりと味わえる文字での訴えかけの方が心に響くのかもしれません。

6月10日水曜日朝刊には「Game Changer 挑戦者たち」という
ページ一面のインタビュー記事がありました。
掲載されていたのは、オリィ研究所代表の吉藤健太朗氏です。

吉藤氏は1975年生まれ。病気・入院後には学校へ行けなくなり、
不登校時代が長く続いたそうです。
その間に折り紙に魅了され、オリィという社名も
そこからとったとありました。起業は21歳の時です。
現在はオリヒメというロボットの開発に携わっておられます。
「パイロット」と呼ばれるものでオリヒメ・ロボットを
操作するのだそうです。

吉藤氏の発言はとても印象的でした。たとえば
「今でも1日1回は失敗したい」という考えは、
失敗イコール何かに挑戦しているあかしだからと述べています。

「僕の場合はわくわくできるか。心が躍ることには
寝食を忘れて没頭してしまう」とは、不登校時代に14時間連続で
折り紙をした経験を語ったものです。

中でも一番私の心に響いたのは、

「何が正解か、なんて問いは本来ない。
周りに流されず、自分のしたいことを継続することが大切だ」

という文章でした。

今の時代、疑問点が出てくればちょっと検索するだけで
すぐに大量の情報や正解が出てきます。また、特に日本で
生まれ育った環境を考慮すると「きちんと・ちゃんと」という
ことばがよく耳に入ってくることと思います。その裏にあるのは
常に「正解の追求」でもあるのですよね。

けれども、他者にとっては正解であっても、
それが万人にあてはまるとは限りません。

自分にとっての正しい解を、自分のアタマで考え続けることが、
「生きる」ということなのかなあと最近感じています。
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時間 [日々の暮らし]

仕事準備にどうしても時間がかかってしまうため、
いかにして効率的に日々の生活を営めるかは私にとり、
大きなテーマでした。きっかけとなったのはジャーナリストの
千葉敦子さんの本です。フリーで活躍する千葉さんは、
一日24時間をどう過ごすかについて書籍で説明して
おられました。大学時代に読んだ際、とても衝撃を受けたことを
覚えています。

以来、「時短術」や「効率」「手帳術」などは私にとって
関心テーマとなり、モノを減らしてスッキリした暮らしを
していくのも、「探し物が減る時間=時短」という感じで
つながっていったのでした。もっとの私の場合、
今振り返ってみると、ミニマリスト的な生活というよりも、
片付け自体が幼少期から好きだったのかもしれません。
大好きな音楽をラジオで聴きながら整理整頓することは、
当時通っていたイギリスの学校の大変さから逃れる
「現実逃避」でもあったのです。

さて、先日の日経新聞・朝刊の「春秋」に時間に関する
記述がありました。「春秋」は朝日新聞でいうところの
「天声人語」のようなものであり、執筆者名は記載されていません。
おそらくベテランの記者の方がお書きになっているのだと思います。

6月10日の「春秋」ではエンデの「モモ」が紹介
されていました。私はまだ残念ながら読んだことがないのですが、
数年前に卒業していった教え子が書籍紹介の授業内活動で
熱心に勧めてくれたことを思い出します。

「春秋」によれば、エンデは次のように述べたそうです:

「時間とは生活そのもの。そして人間の生きる生活は
その人の心の中にある」

この一文を読み、私は改めて今までの効率三昧について
考えさせられています。もちろん、この仕事をしている以上、
限られた時間で予習をすることは大事だと感じます。
けれども、一度しかない人生ですので、もっと
心の中の声に耳を傾けて、目の前の生活を味わいたいとも
思い始めているのです。

(「春秋」日本経済新聞2020年6月10日朝刊)
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「通訳者のひよこたちへ」更新のお知らせ

「通訳者のひよこたちへ」第448回がアップされました。
タイトルは「恩師」、
書籍紹介では「百万都市を俯瞰する 江戸の間取り」
(安藤優一郎著、彩図社、2020年)を取り上げています。

https://www.hicareer.jp/inter/hiyoko/18140.html

お時間がございましたらご一読いただければ幸いです。
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選ぶ、ということ [日々の暮らし]

数か月前に日経新聞の抽選で当選して出かけた
エッセイスト・松浦弥太郎さんのイベント。以降、松浦さんの
書籍は出ていないかしらとチェックしていたところ、
日経新聞の別刷り「日経スタイルマガジン」に
松浦さんのエッセイがありました。タイトルは
「暮らしに平凡でいいものを」です。

過日のイベントでも、いかにしてものを選ぶかを
松浦さんは語っておられたのですが、このエッセイにも興味深い
ことが書かれています。少し長くなりますが、引用します。

「暮らしにおけるもの選びというのは、友だちづくりに
似ているかもしれない。人にもよるだろうけれど、
友だちは多くはいらず、気が合う数人と、僕はじっくり
付き合いたい。関係がぎくしゃくしてもていねいに修復し、
常に相手を思いやりながら接することで、
互いによさや魅力を知り合っていくようでありたい。」

高校時代の私は友達の数を気にしたことがありましたが、
年齢を重ねるにつれて人数自体を気に留めなくなりました。
よってSNSでつながる人の数も今はまったく気になりません。
ちなみに年賀状をやり取りする人数は年々減っていますが、
そうして残ってきている数少ない友だちこそ、
心から大切にしたいと思います。

松浦さんの引用をもう少し続けましょう。

「とはいえ、もの選びは、あまり考えすぎてもいけない。
人との出会いと同じように、失敗を恐れずに、
自分の直感を信じて手にすればいい。」

人間であれ、モノであれ、出会いというのは本当に一瞬です。
その瞬間に真剣に向き合わなければ、あっという間に
ご縁はなくなってしまいます。店頭で「すてきだな」と
思った商品と出会った際、躊躇して通り過ぎてしまえば
二度と会えないかもしれません。人との関係も同様で、
「話しかけてみようかな」と思ったのであれば、
勇気を出して行動をすることで、お互いの人生が大きく
開けてくると私は思います。

「一日の終わりに、腕からはずした腕時計を柔らかい布で磨き、
堅実な文字盤を見つめて、今日を振り返り、無事の感謝をつぶやく。」

モノである時計から、自らの無事に感謝する。
人との良き出会いから、相手と自分の無事を感謝する。

こうした幸せが、人に生きる勇気を与えてくれると私は信じています。

(「暮らしに平凡でいいものを」松浦弥太郎
『日経スタイルマガジン』2020年6月14日)
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