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「写真家、林忠彦の銀座 戦後の記憶」展へ [日々の暮らし]

本日も引き続き昨日の話題の延長、銀座についてです。

カフェ・パウリスタで美味しいザッハトルテと
挽きたてのコーヒーをいただきながら、実家の母へ
葉書を書きました。今やメール全盛期ですが母も私も
手紙派で、いまだに連絡手段はお手紙です。私は
手帳に絵葉書を入れていることもあるため、
出先でこうして書いて出すこともあります。
理想は現地での絵葉書入手なのですが、そもそも
郵便量が圧倒的に減少する中、観光地ですら
絵葉書をあまり売らない時代になっています。

ということで葉書を書き、切手を貼り(←これも常に
持ち歩いています)、せっかくですので風景印のある
郵便局へ行くことにしました。風景印(ふうけいいん)とは、
その土地ならではのデザインが消印に施されているものです。
観光地やその街の中央郵便局などであればあるはずです。
カウンターで「風景印でお願いします。柄も見たいのですが・・・」と
職員の方に伝えれば、その場で押印して柄も見せて頂けます。

さて、銀座8丁目から郵便局を探すべくスマホの地図で。
こういうときのデジタルデバイスは本当に便利です。
みゆき通りにあることがわかったので、早速向かいました。

が、なぜかなかなか見つからず。はて、どうしようと
思っていたところ、昭和と思しき白黒カラー写真が
展示されているギャラリーの前を通りました。
こうしたレトロな写真も好きなので、早速入ることに。
そこは化粧品メーカーのノエビアが運営するギャラリーでした。

https://gallery.noevir.jp/hayashi/

ちょうど展示されていたのは昭和を映したカメラマン
林忠彦の作品展でした。戦後に進駐軍が日本にいたころの写真など、
貴重な作品が並んでいます。銀座の街並みも今より
低層ビルばかりで、看板も英語表記が目立ちましたね。
中でも看板で印象的だったのが「結核」専門の保険会社です。
そういう時代だったのです。

一方、進駐軍の家族と思しき夫人と幼い娘さんの写真では、
夫人が当時にしては珍しい毛皮をまとい、お嬢さんは
イヤマフをしていました。

他にも文豪のポートレートがあり、大江健三郎などの
作家たちが、銀座のバー「ルパン」でくつろぐ様子が
描かれています。ルパンの名前は初めて知りました。

一通り見終えて受付の方に戻ると、
ノエビアの美しい女性イラストが描かれた卓上カレンダーが。
このイラストを手掛けているのは鶴田一郎さんです。
一目でノエビアの女性とわかる、特徴的で美しい絵です。

さて、本来の目的である郵便局探し再び。
歩いていると、左手に小さな小さな路地がありました。
覗いてみると何と先ほどの「バー・ルパン」が!
これほどの狭い場所にあったとは驚きでした。
でもこれも嬉しい偶然でしたね。結局郵便局はそのすぐ近くの
ビルの4階にありました!
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カフェ・パウリスタ [日々の暮らし]

昨日のブログでパナソニック汐留美術館について書きました。
今日はその続きです。

美術展を見た後、一息つきたくて銀座方面に向かって
歩き出しました。事前に目星をつけていたのが銀座8丁目にある
カフェ・パウリスタです。グルメサイトを読んだところ、
ザッハトルテが食べられるとあります。

ザッハトルテは私にとって思い出のケーキです。

イギリスに暮らしていた小学生のころ、
父がオーストリアの方と仕事上で接点があり、
両親はその方に招かれて毎年冬にザルツブルクへ出かけていました。
そしてお土産にザッハトルテのホールケーキを頂いてきたのです。
子どもにとっては濃厚なチョコレートケーキで、当時は
今一つ食指が動かなかったのですが、この「大人の香りがするケーキ」は
私にとってあこがれでした。食べられるようになったのはだいぶ
後になってからです。

そうした記憶があったため、この日も迷わずカフェ・パウリスタへ
向かったのでした。

時刻は正午少し前。幸い12時から店舗2階(禁煙フロア)に
案内していただけるとのことで、1階(喫煙フロア)で数分待ちました。
その間にカウンターに置かれていたカフェ・パウリスタに関するチラシを
一通り頂きました。

いざ2階に上がり、コーヒーとザッハトルテを注文。
チラシに目を通すと、このお店がいかに文豪に愛されていたかが
わかりました。常連には芥川龍之介を始め、ジョン・レノンと
ヨーコ・オノもいたのですね。

店内を見渡すと、一か所だけレトロなライトが天井から
つり下がっています。見とれていたところ、スタッフさんと
目が合いました。チラシのことについてお尋ねすると、
レノン夫妻のサインボードの場所もご案内して頂けました。
嬉しかったですね。

2階の窓際の席からは、銀座の表通りがよく見えました。
銀座というのは本当におしゃれな街で、道行く人を
眺めるだけでもうっとりします。しかもこの日は、
お店の前に古いアルファロメオが一時停止していました。
景色に見事に映えていましたねえ。

美味しいひとときと美しい光景にホッとした月曜日。
さあ、こうして充電できれば、またまた仕事を頑張れそうです!
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パナソニック汐留美術館 [日々の暮らし]

大学や通訳学校の授業がないときは、とりたてて授業準備もないため、
放送通訳のシフト後も少しのんびりできます。そこで月曜・早朝シフトの後、
美術館へ行こうと考えました。
ところが調べてみると、月曜日というのは日本の場合
美術館がお休みなのですよね。

うーん、せっかく行こうと思っているのに、どこか
開館場所はないかしらと探したところ、ありました!
新橋から徒歩圏で行けるパナソニック汐留美術館です。
「モダンデザインが結ぶ暮らしの夢展」が開催されていました。

もともと私は昔から建築やデザインに興味があるため、
こちらはまさにぴったりのテーマでした。
メインに取り上げられていたのは、ドイツから日本に亡命した
近代建築家ブルーノ・タウト(1880-1938)。
ナチスを逃れての亡命でした。

タウトは桂離宮に美を見出し、生涯に渡って日本びいきでした。
この展示会ではタウトの作品を始め、タウトが影響を及ぼした
他の芸術家についても知ることができます。
ライト事務所で働いていたアントニン・レーモンド(帝国ホテル建設)、
タウトの助手を務めた剣持勇、タウトの講義をノートに残した
詩人の立原道造などについても理解を深めることができました。

中でも印象的だったのが、高崎市の実業家・井上房一郎(いのうえふさいちろう)
です。タウトを日本に招き、工芸品のデザインを依頼しています。
井上は群馬交響楽団の設立者でもあります。

もう一つ私の心に残ったのは、レーモンド氏の夫人ノエミの
ことばでした:

Do away with what you do not need and
let the things be simple and beautiful.

素晴らしい美意識だと思います。生きていく上で美を求め続ける
大切さを感じました。

剣持勇のラタンチェアーもシンプルで美しいもので、見ごたえのある
実物が展示されていました。Wikipediaを読むと、ヤクルトの容器も
剣持の作品だったのですね。ただ、残念ながら本人は1971年に
自死されています。機会があれば剣持に関するリサーチも進めたいと思います。

汐留美術館の隣には旧新橋停車場もあります。
少し歩けば銀座も。古き時代と現在の美を堪能できた一日でした。

https://panasonic.co.jp/ls/museum/

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千代里さんのことば [日々の暮らし]

地下鉄に乗る際、楽しみにしていることがあります。
それは駅のラックに置いてあるフリーペーパーです。
月初めには最新号が置かれていますので、欠かさず
頂いているのですね。沿線情報や各種イベント案内など
盛りだくさんで、しかもカラフル。私は極力電車内では
画面を見ないようにしているため、仕事の後にこうした
フリーペーパーを眺めているとリラックスできます。

広報誌のもう一つの利点。それは名所旧跡や歴史について
知識をインプットできる点です。私は通訳者デビュー直後に
ガイド通訳もしていたのですが、こうした紙媒体から得た
内容は、ご案内をする上でとても役立ちました。
ちょっとした雑談で場を和ませる際にもトリビア的な話題は
喜ばれましたね。

さて、今日ご紹介するのは、毎月発行されている
東京メトロの「メトロポリターナ」です。ここでは
元新橋芸者の千代里(ちより)さんが「お多福美人講座」という
コラムをお持ちです。2月号のタイトルは「嫌なことに
心を明け渡さない」でした。

毎日の生活の中で、イヤだなあ、困ったなあということは
誰にとってもつきものです。そうした思いに見舞われた場合、
どのように心を整えるかが綴られていました。
千代里さんは次のように述べています:

「どうしたら心を嫌なことに明け渡さずに済むか
いろいろと試しました。そんななかで一番しっくりきたのが、
『今目の前にあることを大切に、もったいないことを
しないように:』という考え方。」

これに尽きるのだそうです。例として、バスタブから
立ち上がる湯気や、外の風、肌触りの良い寝具などを
挙げています。

「目の前にいない嫌な人のことではなく、
好きなこと、心地いいこと、好きな人のことで
心をいっぱいにする」という文章は、私の心に響きましたね。

「そのとき味わわなければ、何もしなかったのと同じ」
と述べる千代里さん。確かに嫌なことで心をいっぱいに
してしまい、目の前のことを味わえなくしてしまうと
もったいないと思います。

大事にしていきたい言葉です。
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写真家・岩宮武二 [日々の暮らし]

3日前からミッドタウンの話題なのですが、実は一番
書きたかったのが今日のトピック。写真家・岩宮武二についてです。

デザイン展の後、外苑東通りを歩いていると、ちょうど左手が
ミッドタウン1階になります。ふと見ると、フジフィルムスクエアという表示がありました。

写真で思い出すことと言えば、93年のオックスフォード大学の同行取材。
そのときカメラマンの方2名がおられ、身近でその仕事を拝見する機会がありました。
以来、個人的には写真に興味を抱きながら現在に至っています(自分の腕前はからきしですが)。

「せっかく通りがかったことだし、さっきの美術展と比べると
店内も空いてそう」と思い、フジフィルムスクエアに入ってみました
ここはフォトギャラリー兼カメラの展示場所で、
ちょうど開催されていたのが、岩宮武二の写真展でした。
「京のいろとかたち」というタイトルにも惹かれました。
昨年末以来、京都も私にとっての関心分野だからです。

今の時代、ネットでも美しい写真は見られます。けれども
実際に撮影したものを引き延ばし、フレームに入れた状態で
展示されているというのもインパクトがあります。
京都の美しさがにじみ出ている、素晴らしい展示でした。

岩宮は1920年鳥取の米子生まれ。商業高校卒業後、
阪急百貨店に入手し、その後はプロ野球のチーム南海に入団します。
そして戦争で満州へ。復員後は神戸で写真店を営むも
火災に遭い、さらに結核を患うなど苦労を重ねたそうです。

説明文書ではフォトクラシックの大澤友貴さんが次のように
解説されていました:

「戦後の混乱期、そして不運の重なった苦しい時期にも
岩宮を支え続けたのが写真でした。食うに困るような状況で
あっても、岩宮は『写真をあきらめようなど、ただの一度も
考えたことはなかった』といいます。」

この言葉は私にとても響きました。私の仕事自体、
「フリー通訳者」であり、聞こえこそ心地よさそうですが、
実際には会社員時代と比べれば福利厚生もなく、体力がすべてです。
病気をしてしまったら何の手当もありません。
それでも長年、この仕事を続けられたのは、私自身が
通訳という仕事によって支え続けられているからなのだと思います。
ゆえに、岩宮のことばを借りれば「通訳をあきらめようなど、
ただの一度も考えたことはなかった」のだと思います。

美しい京都の写真はもちろんのこと、自分の仕事観を
改めて考えさせられる文章に出会えて幸せなひと時でした。

http://fujifilmsquare.jp/detail/20010404.html

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真のリーダーとは [日々の暮らし]

昨日のブログでミッドタウンへ出かけたことを書きました。
今日もその続きです。

デザイン展を観た後、自宅に帰るべく六本木駅へ
向かいました。ミッドタウンから駅までは地下道があります。
ただ、せっかくの冬晴れのお天気。外を見ないのはもったいないと
思い、一般道を歩くことにしました。

通ったのは外苑東通りです。実はこの道には思い入れがあります。
フリーランス通訳者としてデビュー間もないころ、英国大使館より
お仕事を頂き、イギリス軍の国防参謀長の防衛庁・表敬訪問に
随行したことがあったのです。当時の防衛庁は今の
ミッドタウンの場所に建っていたのでした。

大使館ナンバーの車に同乗し、防衛庁へ。
到着後、儀仗兵による歓迎式典がありました。
おそらく今のガレリアあたりだと思います。
防衛庁内の建物はどれも低層階で、今の高層ビル・ミッドタウンとは
異なる雰囲気でしたね。

このときの通訳のことはよく覚えています。
何しろまだ駆け出しの頃でしたし、防衛関連の通訳という
私にとっては非常にハードルの高いものでした。
予習として防衛白書を日本語版・英語版で入手し、
全ページ、突き合わせて読んだことを思い出します。

ところで当時の国防参謀長ですが、とても温厚な方で、
通訳者への気配りも素晴らしく、私など恐縮してしまいました。
偉大なリーダーというのは、このようにして部下への配慮や
気遣いをして下さるのでしょう。ちなみにこれまで仕事を通じて
接した「リーダー」の皆さん誰もに共通していたのが
「気配り」と「謙虚さ」でした。ギラギラ状態からはむしろ遠く、
その一方でオーラがありました。責任感と決断力があるからこそ、
部下が付いていくのでしょう。

ちなみにこのときお世話になった国防参謀長。
今から1年半ほど前、たまたま大学図書館にあった
The Spectator誌でお名前を見て思わず懐かしくなりました。
ただ、記事を読むと、何とTrooping the Colour
(エリザベス女王の公式誕生日を祝う行事。軍旗分列行進式)の際に
落馬されたとのこと。イギリスでは大ニュースになっていました:

https://www.telegraph.co.uk/news/2018/06/09/trooping-colour-lord-guthrie-thrown-horse-cememony/

幸い大事には至らなかったそうですが、つい懐かしくなってしまい、
お見舞いの手紙を日本から出そうと決めました。
「90年代に防衛庁の表敬訪問で通訳させていただいた者です」
という書き出しの手紙と、当時の記念写真のコピーを添えてお送りしたのでした。

驚いたのは、1週間後にお返事をいただいたことです。
お見舞いのお礼と、当時お世話になった旨、さらに
容態は安定しているのでご心配なくということが綴られていました。
お返事を期待してお見舞い状をお送りしたわけではなかった分、
本当にこれには感激しました。

と同時に、このような方であられるからこそ、真のリーダーとして
イギリス国防という重責を担っておられたのだろうなあと
改めて敬服したのでした。
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[マル秘]展 めったに見られないデザイナー達の原画」 [日々の暮らし]

2月11日の祝日に、六本木のミッドタウンで美術展を
観てきました。「[マル秘]展 めったに見られないデザイナーたちの原画」
というタイトルです。21_21 DESIGN SIGHTという、
初めて出かけたミュージアムでした。ちなみに読み方は
「トゥーワン・トゥーワン・デザインサイト」だそう。
流線型の美しい建物を設計したのは、あの安藤忠雄氏です。

この展覧会を知ったのも偶然でした。確かどこか別の
美術展に出かけた際、ラックにあったチラシを頂いたことを
記憶しています。そのチラシのデザインにどーんと
掲載されていたのが、あのヤクルトの容器。ただし
印字はされていません。あの容器だけ見れば、ヤクルトと
わかるのですよね。本展では日本を代表するデザイナーたちの
仕事ぶりを見ることができ、素晴らしい内容でした。

もっともこの日は祝日とあり、かなりの混雑。すべての
ガラスケースを見るには人をかき分けねばならず、
人混みニガテの私にとってはなかなかチャレンジングでした。
結局、空いているケースの方だけしっかり観た次第です。

中でも魅了されたのは、手描きのスケッチやノートなどです。
特にアーティスト・鈴木康広氏のアイデアノートが圧巻!
ずっとツバメノートを使い続けており、その数は数百冊に
のぼるそうです。ツバメノートとのコラボ商品もショップには
ありました。ツバメノートと言えば、中学時代に私の友人が
大ファンだったことを思い出します。装丁が真面目なノート、
という印象で、このノートを開くと字を丁寧に書きたくなる、
そんな思いを抱いた15歳の自分を思い出しました。

もう一人、キュレーターの新見隆氏のコレクションも素晴らしかったです。
美術展のチケットや様々なグッズなどを「デザイン」という
観点からとらえ、それを大事に保管なさっていたことが
わかります。嬉しかったのは、KLMオランダ航空が機内で
配るデルフトブルーハウスや、お砂糖の袋まであったこと!
きっとオランダにいらした際、搭乗されたのでしょうね。

ちなみにもう一つ私が注目したのが、ギャラリーのスタッフさん達が
来ていた黒いシャツ。制服ではあるのですが、実はこれも
ショップで売られていました。プリーツ型のシャツです。
デザインはISSEY MIYAKEでした。これも美しかった!!

この企画展は3月8日まで開催中です。ご興味のある方はぜひ:

http://designcommittee.jp/maruhi/
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通訳しつつも、つい気になる車たち [日々の暮らし]

中国の武漢で発症したコロナウィルス。患者数が
増えており、気になるところです。1月27日の放送通訳では
コービー・ブライアント選手死去のニュースがトップでは
あったのですが、その一方で、コロナウィルスの話題も
伝えていました。中国では急ピッチで新たな病院建設が
進んでいる、というニュースです。

画面に映し出されたのは、ショベルカーやブルドーザーが
大量に投入され、病院建設に向けて作業を進めている様子でした。

私は以前から画面に「車両」が出てくると、ついつい
メーカーをチェックしてしまいます。たとえばアフリカの
ニュースやドキュメンタリーで車が登場すると、
「お~、トヨタ!」という具合に確認するのですね。
アメリカであればもちろん米国の車が多く、
ヨーロッパは韓国車が少なくありません。
そのような感じで、どこのメーカーなのかついつい
見入ってしまうのです。通訳内容そのものがおろそかに
ならないように、というのはもちろん大前提ですが・・・。

さて、武漢で進められている病院建設。
ショベルカーなどを見てみると、KOMATSU、SUMITOMO、
KUBOTAなどのロゴが見えます。いずれも日本のメーカーですよね。

一方、初めて見る名前もありました。
「SANY」です。

サニー??

気になったので調べたところ、中国の「三一重工」という会社でした。
中国ではここ数十年、大幅な経済成長があり、それと共に
建設ラッシュが続きました。それを支えたのが三一重工の重機です。
中国国内からやがて海外へと展開し始め、
今では日本の重機メーカーに並ぶ勢いとのことが
ネット上では書かれていました。

「ひょっとして子ども向けミニカーもあったりして」

と思い、検索したところ、オークションサイトで発見!
SANYのクレーン車、6900円からの落札価格だそうです。
面白い~~。
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タイマーでもうひと踏ん張り [日々の暮らし]

仕事から帰ってきた直後というのは、誰にとっても
ホッと一息つけますよね。「ふう、ようやく帰ってきた」
という安ど感があることでしょう。私の場合、早朝の放送通訳シフトで
あれば、往路・復路ともにラッシュを避けることができますので
ありがたい限りです。が、いかんせん、起床が午前3時半ですので
いくら午前中に帰れたとて、眠気でボーっとしてしまいます。

そうした状況で玄関のドアを開けて自宅に入り、
カバンを下ろせば何となくデレッとしたくもなります。

けれども、ここが踏ん張りどころです。たとえば
駅で降りてからスーパーで食材を買ってきたときなど、
手洗い・うがいを済ませたら早めに冷蔵庫に入れなければ
なりません。そしてもちろん、仕事道具などもいったんは
カバンから出す必要があります。

ここで「ま、あとでやればいいか」と思ってしまうと
どんどんズルズルしてしまいます。そこで私が重宝しているのが
キッチンタイマーです。帰宅したらまずはタイマーを5分かけるのです。

「よし、この5分間だけ集中して荷解きをしよう!」

このように思うと、タイマーのチカラは凄し。何となく
やる気が出てきます。私の場合、タイマーが鳴るよりも
早く終えられればラッキーと思うようにしています。

たったこれだけのことなのですが、5分間だけもうひと頑張りしたら
少しリラックスタイムを自分に許しています。
そうすることで、帰宅直後の作業も
スムーズに取り組めるようになった気がしています。
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流行は変わる。そういうもの [日々の暮らし]

先日、とある食材店で買い物をしたときのこと。
レジでお会計をしようとすると、「レジ袋の代わりに
紙袋の提供も可能」という旨が書かれた紙が貼られていました。
このところプラスチックを避ける動きが色々なところで
見られていますよね。それを反映したものです。

でも、ふと考えてしまいました。と言いますのも、
確か数年前は紙の無駄遣いが叫ばれ、コピー用紙も
リサイクル系になりましたし、店頭での紙袋も
避けられる時代があったからです。
書店のブックカバーも下火になりましたし。

ということは、昨今のプラスチック回避で再び
紙がメインになることも考えられます。書店であれば
ビニール袋には入れず、ブックカバーだけで手渡し、ということも?

一方、周りを見渡してみると、まだまだ削減できるところは
あるかと思います。たとえばオフィスの給湯器脇にある
プラスチックカップやマドラーもそうです。
一杯分の個包装インスタントコーヒー、
個包装されたスイーツも同様です。便利であるということは、
その分資源が使われているということになります。

ちなみに万年筆のカートリッジなども同様ですよね。
私が子ども時代に過ごしたイギリスではまだインクの大瓶を
持参し、インクが切れるたびに吸い上げるという方法がとられて
いました。日本のように鉛筆書きが許されず、清書は
すべて万年筆というのがイギリスの学校のルールだったのです。

当時の学校では、机の上にインク壺用の穴がありました。
このインク用の穴は英語でink wellと言います。私が当時
使っていたような机がオークションサイトに出ていました:

https://www.ebay.co.uk/itm/antique-double-school-desk-with-Ink-Wells/283607240162?hash=item42084f0de2:g:URsAAOSwvMddc-lt

これが今やビンテージもので2万円弱の値が付いているとは!!

何はともあれ、時代と共に価値観は変化していきます。
今やプラスチック削減が大きなキーワード。その代替品を考える上では
やはり多少の不自由さも求められると思います。

時代の流れと共に価値観は変わる。そういうものなのでしょう。
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