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もやもや家事 [日々の暮らし]


日常生活を送っていると、「気になるけれど、
何となくそのまま」ということが少なくありません。
たとえば先日私が気になったのが「スカーフのタグ」。
商品ラベルのようなものでお洗濯方法が書かれていたりします。

実はこのタグ、いざというときのためにそのまま私は
付けているのですね。クリーニング表示もありますので、
取り除いてしまうと何となく不安だからです。

でも、実際にスカーフを巻いた際、白い表示が
テロリンと出てしまうと今一つしっくりきません。
というより個人的には興ざめです。

うーん。どうしよう?

こういうときネットは便利ですよね。調べたところ、
ファッション関係の方がラベルの上手な取り外し方を
説明しておられました。ちなみになぜその方は
ラベルをとるのかと言いますと、「そこに何かが引っかかって
しまった場合、そのままスカーフで首が締まってしまう
恐れがあるから」だそうです。なるほど。

もう一つは片付けについて。

とある本を読んでいた際、その著者の方が
片付けのヒントを綴っておられました。
いわく、3つ以上を床の上に放置してしまうと、
とたんに片付け意欲が失せてしまう、のだそうです。

この数字は人それぞれですので、万人にあてはまる
わけではありませんが、自分なりに基準を
設けてそこを目安に片付けやお掃除をする、
というのも一案だなと思いました。

大事なのは、もやもやを放置しないということなのでしょうね。
指南系の本は参考になりますが、すべてを取り入れるの
ではなく、自分にとって取り組みやすいポイントだけを
拝借したいと考えています。

ところで今日はハロウィーン。
ハロウィーンといえばカボチャ。英英辞典には

a large rounded orange-yellow fruit with a thick rind

とありました。果物だったとは!ただし、Oxford
Advanced Learner's Dictionaryにはvegetableと出ていました。
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資生堂CEO・魚谷雅彦氏のことば [日々の暮らし]


日経新聞の夕刊に出ている「あすへの話題」。
毎週月曜日は資生堂社長兼CEOの魚谷雅彦氏です。
以前私はニュースで魚谷氏を拝見したことがあるのですが、
とてもハキハキと朗らかな方であられたのが印象的でした。

魚谷氏は同志社大学文学部を卒業後、消費財メーカー、
飲料メーカーなどを経て2014年に資生堂の社長に
就任されています。華やかな経歴に見えますが、
たくさんの失敗をなさったと10月26日のコラムでは
綴っておられました。

「失敗」というのは、「失う」「敗れる」とあり、
気が滅入るような漢字が並びますよね。私自身も
色々とこれまで失敗をしてきました。

失敗というのは、そのさなかにいるときが一番大変です。
なぜなら先が見えない思いにかられるからです。

「このまま改善しなかったらどうしよう?」
「私はずっとこんな状況下で生きていくのかしら?」

と悲観的になります。

ただ、人生というのは面白いもので、その出来事から
時間がたてばたつほど、「まあ、そういう失敗もあったなあ」と
振り返ることができます。「時が解決する」わけです。

通訳という仕事は、たった今述べた単語をもはや
過去のものにして、次に聞こえてくる単語を訳すことを
繰り返します。つまり、数秒前のことはあっという間に
過去になってしまうのですね。訳出できなかったと
悔やんでいては目の前の単語が訳せなくなります。
気持ちを集中させて、「今」に向き合うのみなのです。

この作業を長年続けてきたお陰なのかもしれません。私の場合、
過去の失敗や辛いことを時の流れと共に
風化させられる体質になっていったように思います。
たとえ誰かとの関わりで大変な思いをしたとしても、
「許して忘れる」という感覚です。過去にとらわれていても
前に進めない、という思いがあります。

魚谷氏は次のように述べています。

「一度しかない人生。『失敗・挫折』も
気の持ちようで良い機会に変わる。
まさに『道は開ける』だ。」

過去を思い返したり、未来を思い煩うことは
「執着」に自分を明け渡しているように思います。
魚谷氏の述べるように、失敗や挫折を恐れずに
生きていきたいと感じています。

(日本経済新聞夕刊2020年10月26日月曜日)
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NHK「ニュースで英語術」掲載のお知らせ [掲載]


2020年10月29日放送分の翻訳・解説を担当いたしました。
タイトルは「映画『鬼滅の刃』記録的ヒット」です。

https://www.nhk.or.jp/gogaku/news/2010/29.html

どうぞよろしくお願いいたします。

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marron [日々の暮らし]

いつも当ブログにコメントを下さる読者さんが、とある
コンビニのスイーツを薦めてくださいました(いつもコメント
ありがとうございます)。

実は私も甘いものは大好きで、自分で作ったり、通りがけのお店で
買ったりなど、自分の世界とスイーツは切っても切り離せません。

先日の事。家族を夜の塾へ送迎しました。時間を見ると
まだ夜の早い時間帯です。せっかく車で出たので、
最寄りのコンビニに立ち寄り、季節のスイーツを買いました。
大好きなマロン系でしたので、それだけで幸せでしたね。

ところで辞書を引くと「栗」でも色々な英単語があります。

chestnutの花言葉は「ぜいたく」。耐久や貞節の象徴です。

一方、marronはフランス語から来ており、「ヨーロッパ産の
大きな栗。特に料理用のもの」と出ています。
さらにフランス語のmarronの語源はmaroonからで、「栗色の、
えび茶色の」とあります。さらにmaroon自体は
イギリス英語の場合「爆発音の大きい花火の一種、
鉄道警報用の発煙筒」と出ていました。

ところでポップグループのMaroon 5の名前の由来。
気になったので調べたのですが、何と極秘情報なのだそうです。
知らなかった・・・!Maroon 5のヒット曲は実にたくさん
あり、"Sugar"などはよく知られていると思います。

ちなみに私が個人的に思い入れがあるのは、"Payphone"という曲。
かつて師事した同時通訳者・井上久美先生が、生前に
ご自身のお別れパーティーをなさった際、この曲を
流しておられました。

先生が亡くなられてすでに数年が経ちました。次は私たち
世代が後進を育てていく番と思っています。
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”That's childish" [英語]

コロナの蔓延が続く中、大好きなイギリスが遠くなって
しまいました。でもいつかこれは必ず収まる、そしてまた
旅行できる日がきっと来ると信じて、今は状況を見守っています。

昨年の秋に私は10日間、イギリスとオランダを旅しました。
9月は大学が夏季休暇であるため、その時期を狙っての
旅行でした。

ホテルの部屋でテレビをつけると、偶然にも夏の
サマーコンサート"Radio 2 Live in Hyde Park 2019"を
BBCで放映していました。私の好きなデュオの
Pet Shop Boysが出ていたのは全くの偶然でしたね。

ちなみにペット・ショップ・ボーイズが全盛期だったのは日本が
まだバブルの頃です。1980年代後半には次々とヒット曲を
飛ばしていました。「リーダーズ・プラス英和辞典」にも
Pet Shop Boysが出ているほどです。

TV画面に出ている二人は齢を重ねられているとは言え、
流れて来る曲は当時の原曲キーです。こうして懐かしの曲に耳を傾けながら、
「Pet Shop Boysというのはイギリス人にとって国民的財産なのだなあ」
と感じたのでした。

二人の曲はYou Tubeにかなりアップされています。
オフィシャル・ビデオは非常にストーリー性があり、
フシギな世界に引き込まれます。たとえば"Can You Forgive Her?"など、
このトンガリ帽子は何を象徴しているのかなと思えてきます。

https://www.youtube.com/watch?v=Me4AhOi6LYE

なお、曲の最後に出てくるThat's childish, so childishという部分。
英語のchildishは基本単語ですが、辞書を引くとどの語義が
最初に来るかが辞書ごとに異なるのですよね。

手持ちの英和も英英辞典も、大半が

「子供の、子供らしい」

とあるのに対して、「ウィズダム英和辞典」(三省堂)だけが、

「(けなして)(大人の言動が)子供っぽい、幼稚な、ばかげた」

を筆頭に掲げていました。私自身、後者の意味の方を
まずは頭に浮かべます。

辞書の編纂について、Pet Shop Boysの歌から思わず
飛んでしまったのでした!
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バリアがあるだけでも [日々の暮らし]

子ども時代の私は周囲の空気を非常に敏感に察知する
タイプでした。そうせざるを得ない環境に置かれていた
ということも言えます。慣れない海外の学校生活では
クラスメートの言動に鋭敏になり、英語がわからない
ものの、「もしかして私の悪口、言ってる?」というぐらい
過敏になっていたのですね。

それが数年間続いたものですから、どうも体に染みついて
しまったようなのです。

それでも年齢を重ねるにつれて、そして社会人になり
色々なことを経験したおかげもあって、だいぶ
鈍化されてきたとは思います。とはいえ、それでもなお
ついつい場の空気を読もうとしたり、相手の顔色を
伺ったりしてくたびれてしまうこともあったのです。

こうしたタイプのことを最近ではHSP、あるいは
「繊細さん」と呼ぶのだそうです。特徴の一例として、

*人混みが苦手

*飲み会が苦手

*一人でいることが好き

などもあるのだそうです。まさに私です(笑)。

このようなHSPタイプは最近増えているとのこと。ただ、
私が思うに「増えている」のではなく、ようやく
カミングアウトできる時代になったのであり、
実は潜在的にこのような方は多かったのではと
とらえています。

先日、教え子のレポートに、そうしたHSPタイプが
どのようにすれば他者に振り回されないかのヒントが綴られて
いました。

たとえばティッシュケースをさりげなく置く、あるいは
置いたつもりになってみたり、何も小道具がなければ
自分の中でその人との間にバリアがあると想像するだけでも
違うというのですね。

非常に心に残りました。

奇しくも今はお店のレジにアクリル板が設置されている
時代です。どうしても他者に影響を受けすぎてしまうので
あれば、頭の中でアクリル板をイメージしてみると、
それだけでも気持ちが前向きになれるかもしれません。

ちなみにアクリル板は英語でacrylic plate。
acrylicは19世紀半ばにお目見えした単語で、
語源はacrolein。アクロレインという刺激臭のある
不飽和アルデヒドだそうです。リーダーズ英和辞典によると
これは催涙ガスなどに用いられるとのこと。

acroleinをさらに分解すると元はラテン語のacer(刺激のある)と
oleo(臭いを嗅ぐ)と-in(~などを作る)が
組み合わさっていることがわかります。

・・・ああ、そしてさらにAcerってパソコンメーカーがあったっけと
気になり、社名の語源を調べることに・・・。

ありました、説明!

https://moto-neta.com/company-name/acer/

繊細さんから出発して、楽しい旅路となったのでした。
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頭で考えること、について [日々の暮らし]

紙新聞を読んでいて楽しいことの一つに、
新刊書との出会いがあります。
新聞紙面の下の方、あるいは週1回掲載される
読書欄で、本に関する情報が手に入るのですよね。

そのような偶然の出会いで読んだのが
「美術解剖学とは何か」(加藤公太著、トランスビュー、2020年)でした。

私は昔から絵心がゼロで、大真面目にチューリップの絵より
先に進めないのではというぐらいのレベルです。
子どもの頃、クラスにとても大人しい子がいたのですが、
彼女は絵の天才でした。自分の左手を鉛筆でデッサン
したものを見せてくれたのですが、もうプロレベルと思えたのですね。
ちなみに当時の私は負けず嫌いを自認していましたが、
もう、完全に脱帽でした!

さて、加藤公太氏のこちらの本。
藝大で美術解剖学に出会ったエピソードや、
具体的な方法、また、ヨーロッパではレンブラントや
ミケランジェロが美術解剖の絵を描いたといったことが
綴られています。

一方、私にとって心に響いたのは、「あとがき」に
書かれていた以下の文章でした:

「頭で考えることを繰り返すと、認識が深まって
いくような感じがする。頭の中でシミュレーションを繰り返して
いけば(自分にとって都合の良い)理想ができあがる。
しかし、実際に行ってみると想定通りにならず、
うまくいかないことに苦しむ。頭の中では傑作が
できているが、実際に手を動かすと完成度の低い作品が
できあがるのだ。」(p272)

通訳や講師の仕事をしていて私が個人的に痛感するのは、
読書量や勉強の密度を通じて、自分自身が様々なことに
認識を深めていっているような感じ、いわば
「錯覚」に陥ることです。自分にとっての「理想の通訳者」
「理想の教師像」「人としての理想」など、「理想」ができてくるのですね。

けれども、実際には自分が思い描いていたのと
異なる展開になることがあります。自分一人で
生きているわけではなく、いずれも「クライアント」
「学生」「他者」という存在がありますので、
書籍「だけ」で培った「理想」にはならないのです。

つまり、自分の思い通りにならないからと言って、
自分自身が落ち込んだり不機嫌になったり、
鬱々とした表情を他者に見せたとしても、状況は
変わらないと私は思うのです。

加藤氏はさらに続けます:

「本書の『頭で考えすぎない』姿勢とはどういうことかと
いうと、例えば『体験していないことをあれこれ判断
しないこと』や『推測に推測を重ねないこと』である。
体験せずにあれこれ判断することは、頭でシミュレーション
していることに他ならない。頭で考えたシミュレーションを
実際に行ってみるとその通りにならないことは、
美術作品の制作のみならず多くの物事にあてはまるだろう。」
(p272)

私はこの部分を、人間の生き方として解釈しました。

最後にもう一つ引用を:

「作品のコンセプトも作家のステートメントも同じである。
言葉から導き出された言葉は理想的だが現実離れしていて
抽象度が高い。理想があまりに高いので作品が貧弱に見える。」(p272)

他者や人生への理想があまりにも現実離れしてしまうと、
人は失望してしまい、自分の一生そのものが貧弱に
なってしまうような気が私はしています。

美術解剖学という分野から、思いがけない人生訓を得ることが
できました。著者の加藤氏に感謝です。
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アドバイスの求め先 [日々の暮らし]

実家にいたころの私はずいぶんとグチグチ人間でした。
父の帰宅が遅かったこともあり、家にいるのは母と私だけ。
学校に通っていたころは人間関係の悩みを、
会社に入ってからは仕事における迷いを
毎晩夕食時に私は吐露していました。

気が付けばもう寝る時間というぐらい話を聞いてもらった
こともありましたね。あの頃は母も母なりに人生における
課題に直面していましたので、今にして思うと共依存で
あったのでしょうね。

その後、実家を離れて自分の環境も変わり、また、
色々な本を読んだり素晴らしい方に出会えたりということが
ありました。そのおかげで、私自身、グチグチするより
行動をとっていこうという気持ちにシフトしていった
ように思います。でも、すぐに完璧に出来るように
なったわけではなく、それどころか、逡巡する状態は
年月を経た今でも続いています。

さて、今日は「悩んだとき誰にアドバイスを求めるか?」
というお話です。

助言を得たいとき、誰に話そうかなと考えますよね。
親友、家族、専門家、恩師など、色々な方を
思い浮かべることでしょう。

私は最近、誰かに相談をする際、以下が大事なのではと
考えるようになりました。

1.私の気持ちを理解し、寄り添い共感し、聞き上手である

2.必要以上にアドバイスをしてこない

3.私と同じことを経験したことがある

この3点です。

とは言え、「3.私と同じことを経験したことがある」は
相手が私の人生を生きていない以上、
求めるのは厳しいでしょう。でも、経験者にしか
わからないこともあると思うのですね。

つまり、同じ体験をした人は、こちらの心の痛みも
手に取るようにわかります。不要な声掛けや助言などせず、
ただただ寄り添うことができるのです。

人は悩みに直面すると一番身近にいる人、具体的には
肉親に聞いてもらいたくなると思います。私がそうでした。

でも、肉親に相談した結果、「私の気持ちを理解して
もらえなかった」という展開になることもあります。
その時の悲しさというのも大きいのですね。

なぜなら「肉親だから、こういう反応をしてくれるはず」
とこちらは期待してしまっており、そのようにならなかった
というのは、とてつもなく残念だからです。

世の中には人間関係や仕事、家族のこと、勉強などについて
悩んでおられる方が多いと思います。

誰に自分の気持ちを聞いていただくか。

その人選を自分なりによく考えていくことが、
結局は自分への癒しになるのかな、と私は最近考えています。
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フィル・コリンズ [日々の暮らし]

1980年代から90年代にかけて大ヒットを打ち出し続けたイギリスの
アーティスト、Phil Collins。かつてGenesisというバンドで、そして
ソロになってからも素晴らしい曲を出していました。
銀行強盗を描いた"Buster"という映画では主演をつとめています。

当時私はフィル・コリンズの大ファンで、特にGenesisの
"Turn it on again"などは夢中になって聴いていました。

https://www.youtube.com/watch?v=2B1ub5g5L0k

うーん、今見ると画像の粗さやヘアスタイルが時代を
感じさせますが、メロディが良いですねえ。
ちなみにフィル・コリンズはボーカルもドラムもできます。

さて、そのような感じで追いかけていたアーティスト
ではあるのですが、時の流れと共に、そして私の忙しさに
かまけて、あまり聴かなくなってしまいました。

けれども先日のこと。再び遭遇することができたのです。

きっかけは、Amazon Primeでした。

私は数か月前にプライム会員になったのですが、
「当日発送」ぐらいの恩恵しか知らなかったのですね。
けれども友人がプライムの得点の一つにアプリが
あることを教えてくれて、早速自分のスマートフォンに
ダウンロードしたのでした。そしてPhil Collinsの曲に
久し振りに再会できたのです。

その日、私は色々な課題を抱えて煮詰まっていました。

家にいても先が見えないなあと思えてしまい、
行きつけのカフェへ出かけたのですね。そこで
お気に入りの一杯を飲みながら、「あ、そうだ、
プライム会員の音楽を聴いてみよう」と思ったのです。

そこでたまたま流れてきたのが、Phil Collinsの
"Something happened on the way to heaven"という曲でした。

この曲がお目見えしたのは、1989年にリリースされた
フィルの"But Seriously"というアルバムでした。
まだ日本はバブルの最中でした。個人的にはとても
ノリの良い曲だと思うのですが、意外にも本国イギリスでの
最高位は15位、アメリカでは4位。唯一トップに輝いたのは
カナダだけだったのですね。

本当に久々にこのメロディに再会した私は、
カフェで歌詞にひたすら耳を傾けました。
内容は「別れた彼女とよりを戻したい」という内容です。

でも私はこの歌詞を「自分」と「もう一人の自分」の対話
として解釈したのです。

フィルが一人称で歌っている部分が「真のもう一人の私」。
そしてyouとなっている箇所が「今、モヤモヤ感を抱きながら
生きている私」です。このようにとらえてみたのです。

つまり、本音の部分の私は、自分なりの答えもあり、
方向性も定まっている。

でも表面層の私がモヤモヤしている。

そんな自分を叱咤激励するものとしてこの曲をとらえました。

もちろん、元は恋愛ソングですので、私の解釈は
かなり無理があるのですが、それでも私はこうとらえることで
この曲からずいぶん励まされたのです。

カフェに入店した時はとらえどころのない感情に
見舞われていたのですが、この曲を聴き終え、日記を
付け終わったころには、ずいぶんと目の前が明るくなりました。

久々にこの曲に出会えて感謝。
このアプリを教えてくれた友人にも感謝です。

ストーリー性満載のオフィシャル動画はコチラ:

https://www.youtube.com/watch?v=CKrGj73OsAY

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アメリカ大統領選挙 大統領候補 最終討論会の同時通訳を担当させていただきました [掲載]

TBS Newsさんよりご依頼いただき、TV討論会の同時通訳を
担当させていただきました。お時間がございましたら
ご覧いただければ幸いです。

https://www.youtube.com/watch?v=T0ewoqo_CGA

どうぞよろしくお願い申し上げます。
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