SSブログ

東洋のマンチェスター [日々の暮らし]

まったく知らずじまいで今まで来たのですが、かつて
大阪は「東洋のマンチェスター」と呼ばれていたのだそうです。
「天下の台所」は聞いたことがあったのですが、
「東洋のマンチェスター」は初耳。
たまたま日経新聞の文化欄を読んでいたところ、
その文字が目に入ってきました。

2月3日から始まった「なにわの街角 十選」というコラム。
第1回目は大阪で1936年に発行された「大阪案内」が
紹介されています。

執筆した大阪大学の橋爪節也教授によると、
大阪は645年の大化の改新で遷都されており、
京都や奈良よりも古い都だったのだそうです。

このページはカラー印刷なのですが、掲載されている「大阪案内」の函
(ブックケース)には、大阪の市章およびエッフェル塔を
意識した通天閣が描かれています。当時の大阪は
パリも念頭に入れていたのだそうです。

https://www.nikkei.com/article/DGXKZO55086250R30C20A1BC8000/

(あ、でもこの記事、もしかしたら有料会員限定かも・・・)

なお、大阪の市章が独自の形ゆえ気になって調べたところ、
これは船の通路を示すため、水中に建てられた杭だったのですね。
これを「澪標(みおつくし)」と言います。

https://www.city.osaka.lg.jp/seisakukikakushitsu/page/0000010271.html

こちらも初めて知りました!

・・・ちなみに「澪つくし」って沢口靖子主演のNHK連続テレビ小説の
タイトルで、固有名詞だとばかり思っていました!

https://www2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009010309_00000

こちらは舞台が千葉県銚子です。

(日本経済新聞2020年2月3日月曜日朝刊)
コメント(0) 

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

Facebook コメント

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。