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渇望状態 [日々の暮らし]

14歳の時、日本に本帰国が決まった際、一番悲しかったのが
「お気に入りのラジオを聴けなくなること」でした。
当時私はBBCのRadio 1や民放のCapital Radioが大好きで、
家にいる時はひたすら聴いていたのです。

横浜の自宅に戻ってから中学高校大学入学後までもとにかく
イギリスのラジオが聴きたくて仕方ありませんでした。
FEN(現AFN)の米軍向け放送も日本では聴けたのですが、
今一つイギリスのラジオ局とは選曲が違うのです。
でも生の英語に触れるという意味では実に重宝しました。
当時、横田基地のDJがリクエストを募集していると番組で言っていたので、
わざわざ電話したほどでした。でもその電話番号は
基地内でしか通じず。「せっかく英語で話して好きな曲も
リクエストできたのになあ」と残念に思ったものでした。

再びイギリスに行けたのは大学3年の時。夏休み3週間を
ザルツブルグで過ごす学内研修旅行でした。
個人的にはザルツブルグ以上に、「帰路、イギリスに立ち寄る
プログラム」ということだけに惹かれて申し込んだような
ものでした。7年ぶりのロンドンでは、ホテルのラジオを
堪能しました。

そして社会人に。まだインターネットはありませんでした。
どうしてもイギリスのラジオ番組を日本に持ち帰りたかった私は、
小型ラジカセ(嗚呼、今の若い人には通じないかも・・・)を
日本から持参し、電圧が違うのでコードは使えないため
電池も持っていき、ホテルで周波数を合わせてカセットに
録音したのでした。

旅行に行ったと言うよりも、「番組仕入れツアー」のような
ものでした。

今のように、ネットで世界中のラジオに触れられる時代が
来るなど、当時は想像すらできませんでした。本当に
ありがたい時代になったと思います。

けれどもその一方で、あの「渇望した時代」を生きられたのも
私にとっては良かったと感じます。飢えている分、
どうすれば目的にありつけるかということを真剣に考えていたからです。

上記の例で言えば、

「日本ではどう頑張ってもイギリスのラジオ番組は手に入れられない」

「ならば自分で取りに行こう」

「そのために必要なのはラジカセとテープだ」

と考え抜いたのですね。そして実際にカセットにお気に入りの
番組を録音できたときの喜びと来たら!
帰国後もひたすら聴いていました。それこそテープが
擦り切れるほどに。何度も聴き続けたため、DJの話題も
選曲もすべて暗記するほどでしたが、とにかく嬉しかったことを
覚えています。

私は人生において「多少渇望状態にあること」の方が、
その分、喜びが大きくなると思っています。
豊かさというのは幸せをもたらす一方、渇望も悪くはないと思うのです。
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